生まれて初めて太平洋を渡ったあたし。
とりあえずな〜んもわからなかったので、東海岸の雪山で英語学校の冬季集中クラスに入った。
日本でも1年くらい英会話学校には通ったけど、所詮旅行の英会話の基本が何とか身についた程度。
なんてったって英語で二浪(しつこい?)だからね(^0_0^)←えばってどーすんねん!
しかし、行ってから気がついたんだけど、アメリカの英語学校ってやっぱり文法中心なんですわ。
文法はもう共通一次(今で言う"センター試験")でイヤっちゅーほど勉強したからええねんって。アメリカ人がしゃべってるエーゴが聞き取れて、言いたいことがちゃんとエーゴで話せるようにしてくださいっちゅーねん!
しかし、日本人ばっかりのアメリカの英語学校でそんな望みが叶えられるはずもなく・・・
結局、そこで得たのは日本人の友だちだけで、でもみんなその後に行くガッコ−がバラバラだったので、ひと月後また一人で東海岸の海辺の某大学院へ。
そうそう、この時に10人乗りくらいのパタパタプレーン(=プロペラ機)に乗った。機内でも中腰でないと移動できないやつ。まだ飛行機が"本当に"落ちるんだってことを知らなくて、ジェットコースターみたいだとタービュランスを楽しんでいたあの頃・・・(←今ではすっかり飛行機恐怖症の人)
今でも覚えているけど、初めてそこに着いたのは夜だった。
空港からタクシーでその大学の寮まで行って、英語学校の新入生だと間違われたまま、とりあえず二人部屋に放り込まれた25の冬。
ルームメートはタイ人のちっちゃな気のいい女の子だったけど、その夜はちょっと挨拶を交わしただけで、さっさと寝てしまった。
寮の部屋の窓から見えたのは、オレンジ色のライトに照らされた冷たいコンクリートにゴミが散らかっているような殺伐とした風景だった。
なんてところに来てしまったんだ・・・